人生は、楽しいストーリーにしたもの勝ちだ

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過激な成果中毒

成長していこうとするとき、楽しく生きていくときに

案外引っかかりがちなのが

 

『過激な成果』

 

だと思う。

 

ちょっと前に流行った『秒速一億円』ほどではないにしろ、『過激な成果』『突き抜けた結果』の情報戦が繰り広げられすぎて、耳年増というか『入ってくる情報』と『自覚できる結果』の間に大きなギャップが生まれている。

その結果、『平家にあらずんば人に非ず』じゃないけど『過激な結果にあらずんば結果に非ず』みたいな思い込みが生まれ、自分の中でハードルを上げすぎて、それを越えられなかった自分を責めまくってしまうという。

 

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先日食べたスープカレー。辛さは控えめにしておいた(笑)

 

私自身、この『過激な成果』中毒になった経験があります。

勤めていたセミナー会社には『受講料20万円、24名限定』というセミナーがあり、その宣伝を担当していたんですが

「満員にならなければ失敗だ」っていうプレッシャーに常におびえていたんです。22名でも「あと2名が埋まらなかった、私の力不足だ、私はダメだ」みたいな。

 

いや、あなた

20万のセミナーよ? かなりの額よ? 1人集めるだけでもすごいのに、22人とか相当よ? 

なのに、私の中では『24名満員』という劇的な結果こそが全てで、そうでなかったら自分を責めていたんです。いや、そこ責めるのおかしくない? って今なら思うんだけど(笑)

 

『過激な成果』を求めると、人は自分を責めるようになってしまう。

外から見ている分には『過激な成果』は魅力的だし、素晴らしいし、吸引力もあるけれど、いざそれが自分ごとになった時、まるで毒のように自分をむしばんでしまう。さらに、過激な成果を求めているうちは、申し込んでくれた人たちや接してくれた人たちがただの過程になってしまう。一人一人への感謝が生まれなくなってしまうんです。

そりゃー上手くいかないわな(笑)

 

これで過激な成果が義務に変わった日には……ね。

 

目標を立てるのは大事だし、「目標達成しよう!」って頑張るのは楽しい。こうしたらいいかな、ああしたらいいかなって試行錯誤するのも楽しい。過激な成果はその名の通り『結果』だから、後から振り返って「うわぁ、私がんばったなー!!」って思うためのもの。そう思っていた方が、身体も心も動きやすくなる。

何よりも、私たちが行動するのは楽しみたいから。『過激な結果』より『気持ちのいい結果』こそが、なんだかんだ自分を幸せにしていくのです。